FC2ブログ

プロフィール


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


きょうの天気は?


-天気予報コム- -FC2-

カテゴリ


ご意見、ご感想はこちらから

名前:
メール:
件名:
本文:


検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

優しさ、豊かさのてんこもり

2012年11月22日(木)
一泊の小旅行で長野県安曇野へ出かけた。天気は快晴、風は穏やかで最高の旅行日和。

チェックインするにはちょっと早い時間に到着した。
車を止めて歩いていると、リンゴ園で収穫作業をしていたので写真を撮らしていただいた。品種は「富士」だという。2000円分ほど分けていただけないかとオーナーに直接交渉したところ、”いいよ どうぞ”ということなので12~3個いただいた。すると”もっともっと持っていかねば”と、近くの木からリンゴをもぎ取り、女性ではとても持てない、男性でもへっぴり腰では持ち上げられないほど袋にどんどん入れてくださった。これには私も家内もびっくり。新鮮なリンゴのてんこ盛りだ。

「安曇野ちひろ美術館」を見学した。
あの柔らかな優しい子供たちの表情は、いわさきちひろの心根の具象なのであろう。この美術館に2時間近くも足を止めてしまった。

道祖神も見た。
目を細めて寄り添う二人の柔和な表情、肩にまわした手。冷たい石に彫られているのに、なんと温かく慈愛に満ちた表情なんだろう。人間同士が殺し合い、ドラム缶や冷凍庫に詰めたり、バラバラにして捨てるこの国の人達へ、人の心のありようを訴えているように感じた。

安曇野の周囲の山々はもう真っ白で、やがて到来する厳しい冬を予感させるが、住んでいる人々の心根は温かくて瑞々しく、悪のない豊かさは全ての行為、モノに表現されていた。
いい生命の洗濯ができた。





スポンサーサイト



足元の秋

2012年11月20日(火)
各地の紅葉の名所は、大変な人出だという。今年の紅葉は例年になく美しいらしい。
パソコン教室に来られる方は、京都「実相院」の”床もみじ”を見に行ったという。庭園の紅葉が磨き上げられた床に映るというのだ。
なるほどそういうことか。紅葉と言ったら紅葉した樹木を見上げるのだが、映る紅葉を見るということだ。京都「実相院」は床に映る足元の紅葉なんだ。

猿投山の登山道入り口まで車を走らせてみた。
平日なのに駐車場はほぼ満車状態だった。登山者だろうか。ひとりコンデジを持ってぶらりと歩く。
見上げると紅葉があったが、きょうは足元だけを見て歩いた。道脇に名も知らぬ真っ赤に紅葉した低木を見つけた。ウルシだろうか。誰彼に観賞されるでもなく、ひっそりと紅葉していた。駐車場の片隅にドングリがたくさん落ちていた。ちょっと風が吹くと カラカラ ポツッと音がする。ドングリが落ちているのだ。
衆人の目を見張らせるような派手さはないが、身近にしかも足元にしっとりとした秋を感じさせる風景があった。
名も知らぬ紅葉とドングリを写真に撮って帰ってきた。






★★★この記事の下の”コメント”をクリックするとコメントを書くことが出来ます。あなたのコメントをお待ちしています。★★★

親孝行

2012年11月12日(月)
机の上は、今日も雑然としている。時々は整理整頓するのだがいつの間にか本の山、資料の山になってしまう。そんな中で写真の図鑑はすぐ取り出せる位置に置いている。ブログを書く際に使うからだ。
ブログでは、主に自然との出会いとかを書いているが、草木の名前とか動物の名前とかは、正しい名前で書くように心掛け、分からないときはこの図鑑で調べるようにしている。
この図鑑は、大切にしている。’98年の春 長男が大学を卒業して、東京の企業に就職した。夏になって「ボーナスを寸志という形で頂きました。その一部を送ります」と私と家内に送ってくれた。本人も嬉しかったろうし、私達も嬉しかった。家内は涙ぐんでいた。この図鑑は、長男が送ってくれたお金の一部で購入したものだ。長男からのメッセージも図鑑に張り付けてある。

「親孝行をするのは、人の子として当然のつとめだ」という言葉は日本では風化してしまった。先日、知り合いが「孫の誕生日だから・・、お遊戯会に出るから・・とそのたびにプレゼントや食事代を親に出させて、おねだりをする。まるで孫を人質にしたゆすり、たかりだ」と嘆いていた。こういった行為は論外だ。
親への恩返しという情愛が薄れているのは、子を育てた親の責任かもしれないが、戦後の教育の在り方にも一因があるように思う。教育論はさておき、「親孝行」とは、親から育ててもらった、学校へ行かしてもらったから、そのお返しをするという打算的なものではないはずだ。両親がいたから自分が生まれた。親がいたからこそ自分が存在しているのだ。親の愛は、そんじょそこらに転がっている石ころのような愛とはわけが違う。その自覚さえあれば必然的に生まれてくる行為ではないだろうか。

「親孝行」の方法にはいろいろな形があるだろうが、親がいなくなってからでは何もできない。「親がいつかは死ぬ」と意識するのは決して悪いことではない。逆に意識することで「今のうちに何かをしよう」と思うのだ。
「親孝行」は、どのような形、行為であっても子と親の気持ちがしっかりと結びつく”絆”こそが大切だと思う。

この図鑑で調べたことを、長男がプレゼントしてくれたパソコンでブログにアップする。それを長男やそのファミリーが読んでくれる。いい結びつきだと思っている。


★★★この記事の下に表示されている”コメント”をクリックするとコメントを書くことが出来ます。あなたのコメントをお待ちしています。★★★

山の紅葉

2012年11月8日(木)
朝のウォーキングに手袋がほしくなった。手をこすり合わせながら歩いているが、指先がかじかむほどではないにしても冷たい。
山の紅葉がすすんで、名前はわからないが、優しく黄色い葉をキラキラさせている樹があったので一枚写した。もう銀杏も色づき始めた頃ではないだろうか。遠くの山にも赤や黄色に紅葉した樹木が目立ち始めた。これからはトレッキングが楽しくなる。
道脇に目を移すと ノイバラの実が真紅に熟している。鋭いトゲがあって手にするのは敬遠されるが、こうして見る限りは花も実も本当に美しい。やはり「きれいな花にはトゲがある・・」か。






★★★この記事の下に表示されている”コメント”をクリックするとコメントを書くことが出来ます。あなたのコメントをお待ちしています。★★★

コーヒーメーカー

2012年11月6日(火)
我が家のコーヒーメーカーは、かなり古い。
古いがデザインが気に入っているので使い続けている。機器自体は、1991年製とあるが我が家に来たのは、1992年2月6日と記録されている。優に20年が経過している。その間、ボトルを割ったりして、部品単体を発注したことが数回ある。そうして使い続けてきた。

デザインは、タワー型。ボトルがむき出しで、サイフォン式コーヒーメーカーのアルコールランプを電気に変えただけというシンプルなものだ。
ミルの部分にコーヒー豆をセットすれば、豆をひいて、コーヒーを沸かしてくれる。その過程は、ガリガリガリッと豆がひかれ、コポッ・・コポッと水が沸騰し、上部のボトルにお湯があがって、ゴボゴボとコーヒーが沸き立ち、部屋中にその琥珀の香りが充満する。しばらくするとボトルの圧力が下がり、ジュワーッとコーヒーが下ボトルに降りてくる。

後片付けが面倒という人もいるが、コーヒーを楽しむにはこうでなくっちゃ・・と私は思っている。このひと時がまさに至福の時間だ。古いコーヒーメーカーだが、大切に使っていきたい。でも、もう20年。今度、ボトルを割ってしまったら、部品があるだろうか?それが心配。TOSHIBAさん、部品の在庫 大丈夫でしょうか。





★★★この記事の下に表示されている”コメント”をクリックするとコメントを書くことが出来ます。あなたのコメントをお待ちしています。★★★

 | ホーム |  page top